駐在員が日本と現地の板挟みになって困った時


OKY?


OKYというスラングがある。

 お前が、きてみて、やってみろ

の頭文字だそうだ。この言葉を生み出した出向員の気持ちは理解できる気がする。
日本の常識が通じない事に対する不信感や無理解を感じることがよくあるからだ。言い換えると、自分の常識が世界唯一の共通概念だと思っていて

、それに疑念も持たず、仕事を進めようとする人がいるからだ。


「何故、納期通りにできないのか」「なぜ聞いたことに回答しないのか」「なぜ昔と言ったことが違うのか」いろいろな問いが駐在員に向けて、日本から発せられる。それは不信感に基づく問いだ。

そういった問いをローカルに落とすと今度は「なんでそんな面倒なことを突き詰めるのか?」「それに何の意味があるか?」という顔でまともに対応してもらえない、という板挟みに陥ることは、駐在員なら一度や二度ではないはずだ。

さて、そういった状況への対応の正解はあるのだろうか?
 ・日本からの指示をそのままローカルに落としてむりくりやってもらう
 ・無視する
 ・適当に話をでっち上げて返事する
 ・自分でまじめにいちから全部やる
・・・いろいろ選択肢はありそうだ。


駐在員は日本と現地の間に挟まる事から逃れられない


いつも忘れないようにしているのは、出向員の役割は日本と現地の間に立つことであり、これは逃げられない役割であるという、自分の立ち位置。たとえて言うと、両方の言い分の審判の役割だろうか。



自分ができるだけフェアに見て、日本側の要求が合理的だと思えば、そうローカルに説明する。客観的に理解できる内容であれば、自分の言葉に咀嚼して、説明相手となるローカルに合わせた説明もできるだろう。

逆に、そうでないのであれば、日本側に要求内容を再考してもらったり、仕事の進め方のやり方を変える提案をする。
じゃあローカル側が合理的でない時はどうだろうか。ローカルが自分の視点に拘っている場合だってある。日本人の中にも合理的・オープンな人がいる一方で、視野の狭い人もいるのと同様、ローカルにだって当然個性がある。話の通じないローカルなら、別の人物に当たってみる、という方法もある。


こうみてくると、板挟みになるのは駐在員特有の現象ではなく、日本の部署間の対立や会社間の対立と構図・解決アプローチは基本的には同じ構造であると言えるのではないだろうか。
もちろん、コトは単純ではなく、言葉や無意識下の理解の違いがこういった構図を複雑化させていることは当然あるが、基本のアプローチは日本で起こっていることと大きくは変わらないもの。
あとは、日本でそれを解決する時にとる手法に、異文化理解、というスパイスを絡めることで、仕事を進めていくしかないと思う。


出向員は現地の代表!


日本側から見れば、現地の感覚を日本語で伝え、理解を促進してくれる役割は駐在員以上にはないのだから、そこは堂々と現地代表という気持ちで対すれば良い。

その対応が、ローカルからの信頼感につながり、よい仕事のサイクルになっていくのではないだろうか。

反対に、現地の代表と言う気持ちを持たず、日本からの業務連絡伝達役ばかしていると、ローカルから信頼もされないし、情報も入ってこなくなり、悪循環に入ってしまうだろう。

もちろん、ローカルに過度に迎合する必要は無いが、フェアな視点で合理的な判断、行動をする。これが肝になってくるのではないだろうか。そして、そのフェアな視点を行うことこそが、駐在員の役割だし、板挟みを打開する方法なのだと思う。

0 件のコメント :

コメントを投稿

ご質問、ご相談等でコメント欄に書きにくい内容はお問い合わせフォームをご利用ください。