今でこそ、10年駐在員を経験して、駐在についていろいろ発信していますが、昔から夢見ていたわけではありません。
今回は、駐在を希望していたり駐在員に興味がある方へ、3か国10年そこそこ駐在してきた自分の経験に基づき、以下2点をお伝えします。
・どうやって駐在員になっていったのか、プロセスを紹介
・自分の過去の経験に基づく、これから駐在を希望する方へのアドバイス
最初は駐在を希望していなかった
実は就職する時、駐在員になるなんて想像もしてませんでした。
就職面接で「転勤は大丈夫ですか」とか問われたら「大丈夫です」と答えていたように記憶していますが、正直社交辞令の範囲。海外駐在なんてリアリティをもって考えてませんでした。それくらい、自分の中では縁遠い話だったんです。
なぜか?
高校の時、グラマーはいつも30点台で英語の苦手意識が強く、社会科も世界史はとらず日本史オンリー。初めての海外旅行は25歳の時。海外に行きたい、まして住むなんて露にも想像してなかった純ドメスティックな人間だったのです。
偶然生まれた海外との仕事の接点
それが、今や駐在3か国目、10年目に入ってます。こんなことになったきっかけは、転職先で誰もしたがらなかった海外関係の仕事を割り振られたことでした。
転職して、連結決算の担当となり、その中でも海外会社の担当になりました。その中にはアニュアルレポート対応がありました。で、アニュアルレポートのことを前任に聞いたら「なんかよくわからんので、適当に作ってた、ハハ。後は頼むわ」位の引継ぎで、説明すら及び腰。部署としても何のサポートも無く、押し付け感アリアリでした。それでも仕事は仕事。会計士との相談や他企業の開示内容分析を通じ、真面目に内容の改善、マニュアル化に取り組みました。
それに加え、当時は連結決算黎明期でグループ全体に連結決算情報収集システムが導入された時期でした。
海外会社担当だったこともあり、システムの海外子会社導入対応もしたんです。
初めての海外出張(人生でも2度目くらいの海外渡航)で、身振り手振り、カタコト英語で、ホワイトボードはさんで筆談したり、お互いが何とか理解しようぜ、っていう雰囲気で仕事をしたんです。
それが、自分の中での大きな変化点となりました。
異国人と同じ目的を共有して協力して仕事するって日本での仕事以上に面白い、って感じたんですね。
制限が多い環境での恋愛が燃え上がりやすいのと同じでしょうか。不自由さが逆に好奇心を駆り立てたんでしょうね。
偶然の駐在打診
それからです。年1回の自己申告で「海外」を希望するようになりました。03年頃です。
長い間希望が叶うことはありませんでしたが、06年にインドネシアの駐在ポスト交代時期が来ました。
当時課長クラスの50歳くらいのおじさんが駐在しており、後任に求められる職位は係長でした。
まだまだ若手だった自分には関係ない話のはずだったんです。ところが、打診を受けた係長の皆さん、軒並みお断りされたんです。見事に全員逃げ出したんですね。今思うと、こんなマインドの人ばかりの会社だったというのも、すごい話ですが…。
閑話休題、こうやって、まだ若手だった自分にお鉢が回ってきたんです。「そういや、あなた希望してたよね」と。
自分に声がかかった時、家買って子供が生まれたばかりでした。
'06年当時のインドネシアって'98通貨危機の暴動の記憶も生々しく、未開の地?な印象。打診があったことを打ち明けた妻の第一声「赤んぼいるのにどうするよー」は今も覚えてます。
それでも、夫婦ともに好奇心が勝ったんですね。次いつ来るか分からない海外に住むチャンスをつかんでみる方に。義父がインドネシア語学科卒で、義父の友人がジャカルタに数十年にわたって住んでたり、「ええなー、わし一緒に行ったるで」と言ってくれるなど、偶然にも力強い援軍がいたことも支えになりました。
こう振り返ると、ホント多くのことが成り行きや偶然の重なりだったんです。
実際に駐在すると、面白かったんですね。爆発的に成長するマーケットでインドネシア人同僚とワイワイ言いながら課題を解決したり、現地の代弁者として日本本社の理解を求めたり、会社が大きく成長するのを共に体験するってことが。
家族も周囲のインドネシア人社会に愛されて本当に勉強になりました。やり切り感があって、10年後くらいにもう一度赴任するかな、くらいの感じで帰国しました。
オランダ赴任も偶然から
オランダへの赴任打診があったのは、インドネシアから帰任して1.5年。帰任先にいたパワハラ上司をやっとの思いで職場から放逐し、周りの環境が落ち着いてきて自分のキャリアをそろそろ考えようかな、って時期でした。また駐在は行きたいけど、1.5年しかたってないのでそこまで切望してなかった感じでした。
そこに、たまたま会社が欧州事業のリストラ・事業清算を決定。急遽、新ポストが発生したんです。
候補は、過去駐在経験がある経理管理職、ということで自分と先輩でした。先輩は隣国ベルギーへの赴任経験もあり、USCPAも持っていて、こういう時ほんと適任だったんですけど、別国から帰任したされたばっかりだったんですね。
それで、消去法で自分にお鉢が回ってきたんです。赴任まで1.5か月。妻からは「ようやくインドネシアからの引っ越し荷物を全部片づけられたのに~」と言われましたが…。それでも、在籍する会社で恐らく最後の欧州駐在ポスト、これを逃せばもう機会はないと思えば、首を横に振る選択肢はありませんでした。
ちょうどこのひと月前に管理職になったばかりで、半年前なら組合がネックになって多分声はかからなかったでしょう。インドネシアの時同様、いろんな偶然が重なった棚ボタで得た駐在員でした。
こうしてインドネシア、オランダ赴任の経緯を振り返ると、計画力はともかく、落ちてきたチャンスに食いつく力はあるんだなー、と今更ながら思います。
能動的に動いたマレーシア駐在
じゃあ、マレーシアはどうだったのか? 実はこれだけは能動的に動いたんです。
駐在継続はオランダ時代にすでに希望していました。理由は2つ。
①家族含めて海外生活を続けたかった
②キャリアを経理専門から海外事業全体へ広げたかった
オランダで日本から出張してくる役員に会うごとに移籍を直訴してました。駐在の利点の一つに「職位のわりにトップマネジメントとの距離が近くなる」というのがあるのですが、それを活用。結果、経理部長も知らぬ間に専務が独断で復職先を海外部門に指定して、復職と共に移籍が実現、'13年のことです。
海外事業部でマレーシア担当になり、仕事を通じて現地との信頼関係を築き、現地側もいつでもWelcomeな状況を作ることができました。
そうして、実際オランダ帰任から2.5年後の'16にマレーシア駐在 が実現しました。
社会人になって15年、2か国駐在を経験を積んで、ようやく人に胸張って、自信もって、仕事について自己主張できるようになったんでしょうね。そして、能動的に動き、環境をこしらえて駐在が実現したのです。
マレーシアへの駐在は、それまでの棚ボタでなく、自ら駐在つかみに行く方式。こちらは、実績やパーセプションが必要で、初めての駐在よりは、駐在経験者が再度の駐在を手に入れることに向いたアプローチでしょうね。
駐在未経験者へのアドバイス
ここからは、これまでの自分が駐在員になった経緯を振り返って、これから駐在を目指す人の参考になりそうなことを記します。
その英語への努力、本当に必要?
駐在未経験者が駐在ポジションを希望するなら、自分は次がポイントと思います。
① 「そういえばあいつがおるな」と記憶される仕事をする
② 来たチャンスはつかみに行け
③ 一歩を踏み出す思い切りを
④ 人生何とかなるって楽観的思考
英語はあえてポイントに挙げませんでした。個人的にはTOEICが750なのか800なのかはあまり重要ではないと考えているからです。ま、300点じゃ不安ですけど…。会社によってはTOEICで線引きがあるかもしれませんが、そもそも、駐在を目指すためにTOEICで1点でも高い点数を得ることに全精力を注ぐことは必要なのでしょうか? 立ち止まって考えてみてみましょう。
例えば、上司目線で以下の二人から駐在者を選ぶなら、どちらを選びますか?
A) TOEIC600点+どこでも溶け込んで仕事を進められる人材
B) TOEIC900点+自分の周りに壁を作りがちな人材
自分なら、迷わずAを選びます。英語力は駐在のための十分条件だけども、必要条件ではないからです。東南アジアなど非英語圏ではなおさらで、英語ができればそれに越したことはないけれども、英語ができなければ駐在で仕事がこなせないか、といえばNO。
なぜか?
仕事は全人格で行うもの
駐在の仕事は、言語が全ての問題を解決してくれるわけではないからです。
日本でも同じですよね。日本語ができるからって仕事が進むわけではありません。
仕事って、相手と意思疎通をし、ギブ&テイクで信頼関係を築き、働くプロセスの中で、全人格をかけて課題を解決していくもので、海外駐在も同じ。
駐在になるためのエネルギーの使い方を考えよう
だからこそ、駐在を目指す人には、駐在のために割く力の入れ方のバランスを考えてほしいと思います。食事だったら、バランスとった食事を気にしませんか?
駐在に向けても同じ。グラフの左側より右側の方が、健全に感じませんか?
右側であれば、仮に駐在に行けなくても、プロセスの思考訓練・アクションそのものが人生の糧として、どんな環境でも使えるスキルの蓄積になりますよね。
自分が思う駐在の醍醐味は、肌の色/言葉/宗教/文化が違う仲間と働くプロセスの中で、日本では得られない成功体験が得られること。
その積み重ねが自信や知恵となり、未来の自分の人生を生きる力になります。変化が早く大きい不安定な今の時代だからこそ、生きる力を身につける機会は積極的に踏み込んでいってほしいと思います。
なお、今回は以下のTwitter(@YASU84679874)の投稿を大幅に補筆したものです。
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