学歴や社名にこだわりを持つ人がいる。自分の生きてきた歩みの一つなのだから、誇りを持つことは全く構わないし、否定されるようなものでは無い。ただ、海外駐在の中で、それは有用なものなのか、というと全く違う話になる。学歴なんて小さなこだわりを捨てよう、というのが今回のお話。
海外は日本以上に学歴社会
そもそも、海外に出ると、日本以上に学歴社会だったりする。
例えば欧州の学校制度なら、日本のように誰でも高校を出たら大学にいける、という仕組みでは無いことも多い。中学校終了時点で職業専門学校や高等教育課程に分化していくドイツの例は聞いたことがあるだろうし、イギリスでも義務教育後の大学進学向けのA
レベル受験者以外は職業教育を受ける。
とりあえず大学まで行っとくか、というような選択の余地が少なく、ある意味日本よりシビアだろう。
インドネシアだと、赴任当時は富裕層しか大学に行けなかったので、経済的にも恵まれた家系の人々が多かった(相続税が無いので、富が偏っていた)。学歴は豊かさであり、限られた人のもの。
マレーシアは、マレー人優遇政策のもと、マレー人の成績優秀層は国費で英米に留学していたため、マレー人マネージャーには留学経験者がごろごろしていた。
中華・インド系の富裕層は海外の有名大学に自費で行かせているケースが多かった。
このように、東南アジアでも、大学卒の資格は選ばれた一部の人のものである、ことの一端がうかがえる。
こういった人々は入社時点から係長待遇だったり、昇格も早く、30代前半にはマネージャーになっているケースが多かった。学歴が職業上の地位に直結している例だ。就職後も大学進学するケースが日本以上に出てくるのは、海外では学歴がモノを言う社会であることが少なからず影響していると思われる。
日本の大学名はローカルには価値が小さい
翻って日本は、大学入試の時は頑張るものの、出る時は楽だと言われているのは聞いたことがある人も多いだろう。
新卒の一斉採用の時には、大学名にそれなりの効果があるだろうが、大学名と社会人としてのアウトプットが一致するものではないことは、多くの人が経験していること。
日本では学歴そのものが選ばれた人のものか、というとそれほどの重みや価値があるわけではない。
そんな違いがある上、自分の出身大学名が、海外駐在時にローカルの同僚に対してどれだけ訴求力のある価値になるだろうか?
今までの経験から考えると「全くない」というのが答え。
日本への留学経験でも無ければ、日本の大学名を聞いても、知らないケースがほとんどだろうし、海外駐在員として派遣される場合は、マネージャークラス以上の職位に着くケースが多いため、他のローカルマネージャー同様学卒よね位の認知はあるものの、それ以上の情報はあまり意味を持たないのではないだろうか。
学歴への拘りがローカルとのバリアになっていないか?
学歴を気にしている人は、むしろ、卒業大学名という学歴ラベルに拘るプライドが自分の中にあって、それがローカルとのコミュニケーションの障害になってはしないか、という内省的な振り返りをした方が良い。大学名があなたの素晴らしさを作るわけではないのだから。
こういったことは、語学一つとっても、容易に想像できる。
あなたは今どれだけの言葉が使えるだろうか?
インドネシア人の知人に、インドネシア語+英語+中国語+日本語 という人がいた。どれもネイティブレベル。彼女は少しジャワ語も分かると言っていたので、4+1。
オランダなら、オランダ語+ドイツ語+英語+ラテン言語(仏、伊のどちらかが多かった) ぐらいの語学レベルは珍しくなかった。バカンスで毎年フランスやイタリアに行くので、自然と学んでいくそうだ。
翻って、日本でそれだけマルチリンガルな人がどれだけいるだろう?
海外駐在すれば、語学の面では、日本からの駐在員がアドバンテージを感じる場面に出会う機会は少ない。卒業大学名は駐在員たる自分に、海外のすごい同僚に胸を張れるものを与えてくれただろうか?
世界に出たら大学名は小さく目立たないラベル
ここで言いたいのは、大学名と言うラベルは、世界中の人々の中に混ざった時には、とても小さく、目立たないラベルに過ぎないということ。
そんなラベルにこだわって持つ小さなエリート意識なんか忘れた方がいい。正直、海外駐在して仕事を進める上で、学歴は武器にならない。
いやいや、一応一部上場企業の有名企業に就職したよ、という自負心もあるかもしれない。
でも、その企業が優れているのは、今までの先達が努力してきたからであって、成功した後に入った自分達は、本当に優秀なのだろうか?
先達が築いた高速道路を走っているだけではないのだろうか?偉い人がいるとすると、高速道路を走っている自分では無く、高速道路を作った諸先輩方だろう。
そういう会社に所属しているプライドは持ったらいいと思うが、誇れる会社に所属していることが、人間として相手と仕事をうまく回していけることを担保するものでは無い。そのあたりがまぜこぜになっている人がいたりする。ラベルが就いた自分が優れているのではなく、ラベルの中身を作った人が優れていただけなのだ。
海外駐在は自分のラベルでなく素の自分で仕事しよう
なぜ、こんなことを言うのか?
今まで色々な国の人と仕事してきた限りで言うと、自分についたラベルが仕事で効果を発揮したことが無いからだ。会社名が及ぼす取引上の影響は考慮されるものの、水戸黄門の印籠のように、会社名を出せば問題が解決されるようなことは、まず無かった。
会社名や学歴よりも何よりも、まずは人柄が見られていること、自分自身が仕事を一緒にしていくに当たって信頼できる人物か、話をきちんと聞いて解決策を考えてくれる人物なのか、そういった値踏みされていることを明確に意識してほしい。
学歴VS学歴、社名VS社名の前に、人対人のコミュニケーションがあるのだ。そう言う意味で、海外駐在はガチンコ勝負。
だから、学歴や社名といったラベルにこだわってもあまり意味が無い。
以前にも触れたことがあるが、東大・京大でようやく世界ランク100位に入ってくるくらいのレベル。ローカルの誰に言ってもあまり意味を持たない学歴なんか忘れちゃおう。ラベルの無い素の自分で相手と向き合うことの方がよほど建設的で生産的なのだ
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